ほんごさとこ@スモーキーヴォイス#003

2018/01/20(sat)27:00~27:15
ほんごさとこ@スモーキーヴォイス#003

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温故知新
ビリー・ホリデイ

1915年4月7日フィラデルフィア生まれ。サラ・ヴォーンやエラ・フィッツジェラルドと並び、女性ジャズ・ヴォーカリスト御三家に数えられる。数々のヒット曲や、きらめくようなジャズ・ミュージシャンたちとの共演、人種差別への抵抗のうらで、悲惨な家族環境・ドラッグ・逮捕と服役。奔放な男性関係に翻弄された人生。歴史上最も偉大な100人のシンガーの12位に選ばれている。2000年に、ロックの殿堂入りを果たしている。本名エリノラ・フェイガン・ゴフ。母セイディ・フェイガンと未婚のままだったクラレンス・ホリディの間に生まれる。クラレンスはジャズ・ギタリストとして活躍していた。後の芸名「ビリー・ホリディ」は父が彼女の幼い頃に呼んでいた「ビル」という名前と、父の名字からとったもの。母親のセイディが生活苦のため、仕事を転々とし売春もいとわなかったため、エリノラは親戚のもとで育てられ、人間関係には苦労したようである。さらに曾祖母が一緒に寝ていた寝床で死んでしまうという心の傷を負うことになる。その後11才のときにふたたび母親に引きとられたが、相変わらず母親は外出がちで、そんな中、エリノラは自宅で近所の男に強姦されてしまう。エリノアは施設に保護されるが、そこでも虐待や暴行の毎日だった。2年後に母親のもとに帰ったが、母親はそのエリノラを売春宿にあずけたまま、売春を行うといった状態だった。このような悲惨な状況で育った彼女は、ハーレムの非合法ナイトクラブに出入りするようになる。大量のアルコールとジャズのなかで、「Body and Soul(見も心も)」を歌う彼女の歌に、観客はみな涙したと云われている。この頃から、ハーレムの複数のジャズクラブで歌うようになる。そんな中、サックス奏者のケニス・ホーロンと出会い、彼とともに最初の契約を得る。芸名を決める必要にせまられた彼女は、前出のような理由から「ビリー・ホリディ」と名乗るようになる。この後、様々な優秀なミュージシャンと出会い、ますます歌にみがきをかけていくことになるが、最初の出会いは、ボビー・ヘンダーソンとのものだった。その頃コロムビアレコードのプロデューサー「ジョン・ハモンド」に見いだされたビリーは、同じくコロンビアと契約していた若きクラリネット奏者「ベニー・グッドマン」と共演させる。将来性あるミュージシャンとの出会いは続き、レスター・ヤングとの出会いは、彼女に大きな実りを与えた。お互いを「レディ・デイ」「プレジデント」と呼び合い、夜通し飲み歩いたほど、仲が良かったようである。歴史的な作曲・ピアニストであるデューク・エリントン、若いころのベン・ウェブスターと出会ったのもこの頃である。プロデューサーのジョン・ハモンドは次々と企画を出し、ピアノのテディ・ウィルソン、カウント・ベイシーやアーティ・ショウの楽団とも共演。それらすべての録音は、大きな売上げをもたらした。白人オーケストラと仕事をした黒人としては、ビリーは初めてであり、当時画期的であった。順風満帆ななかではあったが、とうとう彼女はマリファナをおぼえるようになる。心の闇はいまだに続いていたのであろうか。1939年3月にルイス・アレンという若い高校教師が一篇の詩を綴った。それを読んだビリーは強く心をうごかされた。それこそ「Strange Fruit(奇妙な果実)」であった。人種差別とリンチによって殺された黒人が木に吊されている、残酷でおぞましいアメリカ南部の景色。彼女の父・クラレンスも差別で殺されたと思っていた彼女は、その詩のなかに父親を見たのかもしれない。南風に揺れる『奇妙な果実』。この歌はたちまち大ヒットし、ビリーのテーマ・ソングとなった。ロイ・エルドリッジ、アート・テイタム、ディジー・ガレスピーというそうそうたるミュージシャンたちと仕事をする反面、私生活は荒れ果てていた。トロンボーン奏者であり麻薬の密売人でもあったジミー・モンローと結婚したのもこの頃。彼はとうとうビリーにアヘンとコカインを教えた。結婚したものの、彼女の情事は終わることはなく、トランペット奏者ジョー・ガイと出会い、ジョーの影響でヘロインにまで手をだす。やがて、ビリーは「契約を守らない」「よく舞台に遅れる」「歌詞を間違える」といった噂が流れ始める。時代は転がり落ち始める。1947年にはとうとう逮捕。8ヶ月の刑務所生活を余儀なくされる。それでも彼女のレコードの売上は落ちるどころか、順調な売れゆき。「Lover Man」や彼女自身の作曲になる「Fine and Mellow」などを送りだす。また、アーサー・ルービン監督の映画『ニューオーリンズ』では、ルイ・アームストロングやウディ・ハーマンとも共演。しかし、彼女はLSDまで手を出し、ふたたび逮捕、このときは1年の刑に服した。晩年の彼女は、歌声の枯れ、リズムすら取れなくなっていった。1950年、マイルス・デイビスと共演し、成功を分かち合ってもいる。トランペットのチャーリー・シェイバーズ、ギターのバーニー・ケッセル、ピアノのオスカー・ピーターソン、ベースのレイ・ブラウンとも共演、相変わらず音楽面での成功は続いていた。1959年録音の『ビリー・ホリデイ』とだけ題された最後のアルバムは、悲痛な彼女の叫びが聞こえるようである。44才になった彼女に、病魔は待ってはくれなかった。最後には肝硬変、腎不全の診断をうけ入院するが、病床でも酒と喫煙をやめなかったという。7月10日、病状は急変し、7月15日早朝、帰らぬ人となった。彼女の葬儀には、3000人もの人々が駆けつけ、彼女の死を悼んだマル・ウォルドロンは『Left Alone』という曲を発表しジャス史上の名曲となった。
BGM
Strange Fruit
Fine And Mellow
Billie’s Blues

ライブ
On a Clear Day/ほんごさとこ
On a Clear Day/アラン・ジェイ・ラーナー/バートン・レーン

注目のアーティスト
八代亜紀「帰ってくれたら嬉しいわ」

次回#004予告
温故知新
フランク・シナトラ
ライブ
Over the Rainbow/ほんごさとこ
注目のアーティスト
上原ひろみ×エドマール・カスタネーダ「ジ・エレメンツ “ファイアー”」

ほんごさとこ@スモーキーヴォイス 出演:ほんごさとこ(ヴォーカル/MC)今井慎一郎(ピアノ)吉野悟(ギター) 構成:卵掛御飯 演出:山路隆俊 撮影:九社王次三 照明:白井彩乃 録音:昼田純一 ヘアメイク:麓孝利 編集:山路禮照 スクリプト:戸益礼子 ミックス:DJ Tomm 仕上げ:東京オフラインセンター 録音助手:山田永 撮影協力:新横浜ラントラクト ジャズバー チャーリーズ・バー 協力:株式会社ambience チャーリー半田 ユニバーサルミュージック合同会社 制作補:昼田純一 プロデューサー:山路隆俊 エグゼクティブ・プロデューサー:サウスフィールド 制作:有限会社ジェイズミュージック 提供:ワイツーファクトリー株式会社

※注目のアーティストは、YouTubeでは削除してアップロードしています。

音楽事務所のオヤジのブログ。子供のため、大人のための食育レシピや美味しいレシピ、エッセイ、ティップス、etc…

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