ナット・キング・コール
多くのヒットソングを持つアメリカのポップス歌手。
初期の頃はジャズピアニストであり、ジャズボーカリストでもあったことはマニアの間では有名である。
1919年3月17日、アラバマ州、モンゴメリーで生まれた。
父が牧師を務める協会の、オルガン奏者であった母の手ほどきでオルガンを習う。
音楽の環境には恵まれていたといえよう。
10代のころからジャズピアニストとして活動した。スィング・ジャズの末期の傑出した奏者であった。
ビッグバンド全盛のこの時代に、ピアノ・ギター・ベースというドラムの無いトリオでデビューした彼の音楽は、
革新的といわれ、トリオ・バンドの火付け役となった。
ピアニストとして活動するかたわら、そのツヤのある歌声を買われ、歌手としても活動するようになる。
1944年には、歌手として「Straiten Up and Fly Right」がヒット。本格的な歌手の仲間入りをする。
1950年代からはポップス歌手に転じ、テレビにも多く出演するようになった。
記憶に残るヒット曲だけでも、「モナ・リザ」「スターダスト」「ルート66」「トゥー・ヤング」
「ホエン・アイ・フォール・イン・ラブ」「ネイチャー・ボーイ」「スマイル」など、枚挙にいとまが無い。
ポップス界で人気者となったあとも、自分の原点をわすれることはなく、1956年には「アフター・ミッドナイト」というジャズ・アルバムを発表している。
歌手として絶頂期であった1965年2月15日にカリフォルニア州サンタモニカで、肺がんにより死去。まだ45才であった。
皮肉にも、死の直前1964年にリリースした「LOVE」が、最大のヒット曲となった。
2000年に、ロックの殿堂入りをはたしている。
家族も音楽関係者が多く、娘のナタリー・コールも人気歌手となり、1991年に父親の声にオーバーダブする形で、デュエット曲「アンフォゲッタブル」を大ヒットさせた。
弟の「アイク」「フレディ」フレディの子「ライオネル」たちも、ジャズピアニスト・作曲家・プロデューサーとして活躍した。
なかでも「アイク」は日本でも活躍し、「男の世界」や「マイボーイ/夜のカレンダー」をリリースしたことを記憶している方も多いのではないでしょうか。
BGM
Mona Lisa
Too Young