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chapter1-14
 
私の初めての料理は、小学4年生の冬で、作ったのは目玉焼きだった。
どういう経緯で料理したかは覚えていない。
だが、はっきりと覚えていることがある。
失敗した。
もう一度云う。
食べることができないくらい失敗した。
いくつかの要因と原因がある。
まず、目玉焼きなのにウズラの卵を使ったことである。
私は今、日々料理をしている者だが、
『ウズラの卵の目玉焼き』というのはツイぞ聞いたことがないし、見たこともない。
ウズラの卵で目玉焼きだなんて、どうして作ろうと思ったのであろうか。
よく覚えていない。
また、私はこの時フライパンに油を引かなかった。
正確に云う。
フライパンに油を引くのを忘れた。
さらに正確に云う。
フライパンに油を引くのを知らなかった。
当時のフライパンは鉄製のものが大半で、我が家のフライパンも鉄製であった。
今時のテフロン製と違って、鉄製のフライパンは油を引かないとタチマチ焦げてしまうのである。
当然のことだが、この『ウズラの卵の目玉焼き』は焦げた。
私の料理初挑戦は大失敗に終わった。
そして私は、真っ黒に焦げてしまった目玉焼きとフライパンを見てアセった。
フライパンが焦げ付きだらけで、見るもムザンに汚いのである。
一刻も早く、かつ、アトカタもなく、キレイにしないと、母が帰ってきてしまう。
こんなフライパンを見てしまった途端、母は猛獣から怪獣にヘンシンして暴れるのである。
私は速やかにアパートの共同台所で、フライパンの清掃をした。
清掃しつつ、とても悲しい気持ちになった。
「これではいかん」と思った。
以来、私は調理の過程を気にするようになった。
ジョーレンの中華料理店でも、店主の注文をさばく何から何までを注目するようになった。
店主のフライパンさばきはミゴトだった。
その佇まいも、職人の機能性に富んだ素晴らしいものだった。
また、私はこのジョーレンの中華料理店以外のお店にも興味をもつようになった。
すぐ近所に洋食屋さんがあった。
ここも残念なことに店名を逸した。
店先に立つと独特の香りがした。
あきらかに中華料理店とは違う香りだった。
それはバターや、ドミグラスや、牛脂の香りだと後でわかった。
このお店に入ってみたいと思った。
店先のショーウィンドウは、魅力が満載だった。
ただこのお店には問題がひとつあった。
高価なのである。
しかし、私には母のオトコマエによって貯められたお金があった。
私はナガ~イ検討の末、或る日この洋食店に入った。
続く

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chapter1-13
 
ラーメン一杯40円。1967年頃のことである。
私は母に連れられて、
千歳船橋駅からほんの2〜3分のところにある中華料理店で40円のラーメンを食べた。
確か『ラーメン』ではなく『中華そば』といってたような気がする。
これがとってもウマカッタ!
「美味いかい?」と問う母に、「とっても!」と答えた。
これで決まった。
母はこの店を選んだ。
お店の名前は残念ながら逸してしまったが、
まだ若い、30代の御夫婦と、アルバイトっぽい店員サンとで営んでる、ソコソコ広い中華料理店だった。
お勘定する時、母はおカミさんとホンの少しの間二人で話をしていた。
やがて私のところにおカミさんが近づいて来て、
「よろしくね!ちっちゃい常連さん。」と云った。
私はこのとき初めて『ジョーレン』というモンゴンを知った。
そして私はこの店の常連となった。
朝、目覚めるとチャブ台の上に50円が置いてある。
私の夕食代だ。
私はこのお金で常連である中華料理店に行き、40円のラーメンを注文する。
10円お釣りが来る。
母に返そうとしたら「釣りはいらないよ、好きに使いな。フン」とか云って、私の顔を見もせずにツブやいた。
でもスグに「男前だろ!」とか云って母はドヤ顔になった。
私はこのとき初めて『オトコマエ』というモンゴンを知った。
そして私は大人になるまで『オトコマエ』は女性がなるものだと思っていた。
「今日もいつものでいいのかい?」
「うん、いつもので。」
私はこの店主との掛け合いが大好きで、
ジョーレンの醍醐味!というか、大人っぽくてカッコよろし!というか、
同級生の連中とはワケが違うんだもんね、、フン。という感じであったが、
さすがにラーメンばかりはツラくなってきた。
オトコマエな母によってお釣りの10円が、ありがたいことに随分貯まってきた。
ここはひとつフンパツしたいところだが、店主との掛け合いも捨てがたい。
うううむぅ、悩むではないか!などとモゴモゴしているある日。
いつものようにラーメンを啜っていると、突然餃子が出てきた。
もちろん注文してはいないので呆気にとられていると、
「注文がキャンセルになっちゃってさ。」と店主が私の顔を見もせずにツブやいた。
でもスグに「ご奉仕!」とか云って店主はドヤ顔になった。
私は初めて『ゴホーシ』というモンゴンを知った。
そして私は大人は照れると目を合わさないということも知った。
だが、これはありがたかった。
私は思わず、
「うわぁ~、うれしい!美味しそう!!」と云ってハシャイでみせた。
私はこういうところがイヤラシイ子供なのである。
しかし店主はマンザラでもなく、以来「ゴホーシ!」と云っていろいろなものを出してくれた。
なにもない時は白飯を出してくれた。
私は密かに『ラーメン半ライス』を初めて食した小学生は私ではないかと自負している。
また私は偏食であったが、
この時の『ゴホーシ』で大概のものが食べれるようになった。
私はこの店で得難い『食育』を受けたのである。
続く