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オヤジの情景
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私が初めて楽器に興味を覚えたのは、小学4年生の時のリコーダーで、私の年代では縦笛といっていた。
この頃私は、
小4の1学期から祖母の家にあずけられて居て、素朴な佇まいの、小さな学校に通っていた。この学校は生徒数が少なく、同級生は皆、ノホホンとしてい、とても温かいヒトビトだった。
また田舎の何もかもは、穏やかで、とても優しかった。
そしてその象徴が祖母だった。
私は祖母が大好きで、よくなついていた。
いつも側にいて、よく縦笛を吹いて聴かせていた。
祖母は私の縦笛をよく褒めてくれ、また、多くのことを教えてくれた。私はこの田舎の生活がとても好きだった。

 その頃母は、
単身東京に出ていて、私と共に、
東京で暮らしてゆく為、馬車ウマのように働いていた。
東京移住は小5の新学期辺りを目標にしていた。
その頃父は、
2番目か3番目の愛人とフンフンしちゃって、行方不明中であった。
父と母は、私が4つか5つの頃別居し、籍は外さなかったが、和解する事はなかった。
小4の夏休みに、父は祖母の家に突然シュツボツした。
居場所を探知し、母の不在を嗅ぎつけて現れたらしい。
そして私をカッサラおうとした。
だがその企みは、祖母の機転によって失敗に終わリ、父はホウホウの体でズラカリ、そのまま身を隠した。
どうやら私の両親は、私の親権のことで争っていたようである。
母はこの一件を東京で知り、大いにフンガイし、かつ驚愕した。
母は私を連れて、後先構わずスバヤク東京へと向かった。
続く

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オヤジの情景
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私は大島さんにかまってもらいたくて、
何かといえば大島さんの側にいた。
時には、スカートをめくったり、全速力で横切ったりした。
挙句の果てに、
彼女のお弁当のお箸にチンチンをコスリつけたりした。
ベラボーなことをしたものである。
好きな女子に、清く ・正しい表現ができないのだ。
私の愚かな行為は止むを知らなかったが、
お弁当のお箸に、チンチンをコスリ付けるのは、
さすがに問題となった。
私はクラスの女子全員から、大ヒンシュクを買い、
ゴキブリのように嫌われた。
それでも、
私のモンモンはドンドン激しくなってゆき、
果てしなく続いてゆくかに思われた。
(私は今、高血圧に悩んでいるが、この時のモンモンとゴキブリ扱いされたことが起因ではないかと推測している。)
そして1学期が終わった。
長い夏休みが終わった。
2学期が始まる。
学校で大島さんに会える。そのことを楽しみにして登校すると、
ここで意外な出来事に驚く。
なんと、大島さんが転校してしまったのである。
私は『青天の霹靂』、というモンゴンをこの時初めて知った。

『狐につままれた』、というモンゴンもこの時初めて知った。

そして私は『自分の初恋』というのは、
大島さんとのことを云うのだと、初めて認識した。
(西川先輩のことは、『初恋』ではなく、『憧れ』であったのだ。)
50年近く経って、
私は今でも大島さんの笑顔が忘れられない。
と、同時に、私にイジワルされた時の、悲しい顔が忘れられない。
私の『初恋』は中1の1学期間だけで、
終わってしまった。
続く

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オヤジの情景
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私にとって一番の『モテキ』は、中学生時代であった。
自分で云うのもオコがましいが、
ナンテたって、私はカワイかったのである。
カワイイのは生まれてすぐからで、
25歳あたりから急激にブサイクになってゆくのだが、
中学時代はホンにカワイイ少年だった。
そういえば、初恋がこの頃だった。
片想いであった。
西川さんという二つ上の先輩で、清楚で控えめな印象の方だった。
うつむき加減の横顔が、見事な佇まいの女性だった…。
だなんて、中学一年生の小わっぱが、思うわけがない。
今、還暦を迎えるお年頃ともなると
『うつむき加減の横顔が、見事な佇まいの女性だった…。』
となるわけである。
西川先輩は、我が船橋中学校のマドンナで、誰からも好かれていた。
ようするに私にとっては高嶺の花で、
それでも私は西川先輩が大好きだった。
そして私はこの時、初めてモンモンとすることを体験した。
だが、私のこの初恋は、呆気なく、
かつ、当たり前のように終わってしまった。
何故なら私は、
ジンジョーではない恋心と
モンモンに直面することとなったからである。
続く