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或る日の情景~泉岳寺

参道にあった藪蕎麦
赤穂浪士が縁の泉岳寺。駅でいうと品川の隣で、私が住んでるところも品川の隣の隣の隣なので、『近所』なんだし、、と、いうことで何年か前ですが行ってみました。
都営地下鉄浅草線「泉岳寺駅」A2出口を出て、泉岳寺に向かおうとすると、デデ~ンと現れたのは、私の大好きな老舗の店構え!
しかも『藪蕎麦』!
コレはもう、何かの縁。
赤穂浪士の面々とお会いする前に、蕎麦前で軽く酔っ払っちゃおうと勇んで入店してみました。
まずは常温のお酒に、そば味噌と焼き海苔から、、、。
ン‼、、。むむむっ‼、、。
メニューに蕎麦前の品書きがない!?
ビールはある。
日本酒もある。
そば味噌ない。
カツ丼ある?
焼き海苔ない。
親子丼ある??
卵焼きない。
カレーライスある???
 
いたしかたなく、天ざるに常温のお酒を一本。
藪のお酒は菊正宗という認識でしたが、コチラはどうも違うようです。
続いて天ざる、、、コレガトッテモマズカッタ、、。
なんだかさみしぃ~くなってしまって、泉岳寺見学も今ひとつ盛り上がらず、フシギな一日となってしまいました。
後に調べてみると、
『連雀町藪蕎麦(現・かんだやぶそば)』の創始者堀田七兵衛さんの妹(4人姉妹)のうちの1人が、大正時代になって七兵衛さんの弟子と結婚して、暖簾分けしたのがコチラの『泉岳寺前藪そば』なんだそう、、。
由緒タダシイ『藪蕎麦』だったのですね、、。
それだけに残念な気持ちがしてなりません。
泉岳寺の参道にあった藪蕎麦、『泉岳寺前藪そば』2010年2月閉店。

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chapter1-22
我々バレーボール部の必殺技といえば、それはやはり『フライングレシーブ』であろう。
特に私のような小柄で軽量級の選手には、これ以上の技はないといって過言ではない。
何事にも形から入る私は、当然のごとくシッカと研究し、スルドい『フライングレシーブ』を習得するため、あらゆる努力を惜しまなかった。
習得できたとなると見せたくなるのが人情だ。
私は何かといえば『フライングレシーブ』を連発するようになった。
体育の授業のバスケでは、ボールがコートから出そうになると、フライングレシーブでボールをコートの中に戻した。
女子から歓声があがった。
私はタイヘン満足した。
走り高跳びもフライングレシーブで跳び、自己記録を更新した。
男子からドヨメキがあがった。
私はタイヘン満足した。
走り幅跳びはフライングレシーブで跳ぶと距離が損することを知った。
男子も女子も失笑した。
私はタイヘン恥ずかしかった。
50m走ではフライングレシーブでゴールしようとしたが怖くてできなかった。
これはやらなくて良かった。
体育の授業で、フライングレシーブを連発する私を、体育の先生が堪りかねて、「これ以上やったら張っ倒す」と低い声で囁いた…。
この体育の先生はバレーボール部の顧問監督で、とてもデンジャラスな先生であったので、その時私はチンモクし、フライングレシーブは控えようかなぁと思った。
いつだったか、私は授業中に、校内放送でこの先生に名指しで保健室に呼び出されたことがある。
何事かと急いで行ってみると、先生は保健室で焼き鳥を食っていらっしゃって「この焼き鳥美味いぞ、食え!」とおっしゃった。
私は焼き鳥を食った。
とても美味しかった。
先生の傍らには透明の液体が入ったコップあって、サスガにそれを私には薦めなかったが、先生はグビグビそのトウメイなエキタイをお呑みになっていた。
先生はご機嫌だったが、私は恐れオノノイた。
そんなこともあって、私は意味もなくフライングレシーブをしてはイケナイと心の底から反省した。
しかし、私のフライングレシーブは、意外な展開を見せた。
この年(1969年)10月からTVドラマ『サインはV』が放送スタート、うちの体育館がロケに使われたりして、船橋中学校はにわかにバレーボールブームとなったのである。
で、私のフライングレシーブ…。これが口コミで広がり、私はちょっとした有名人になったのである。
ナンにでもいえることであるが、シツコクやり続けるということは大事なのである。
挙句に私のフライングレシーブを観たさに女子が部活を見学しに来くるようになった。
お箸事件の後、私はゴキブリのように嫌われていたが、名誉を挽回する絶好のチャンスに巡り会えたわけだ。
私は『 機を見るに敏』というモンゴンをこの時初めて知った。
また私は『 千載一遇』というモンゴンをこの時初めて知った。
続く

或る日の情景~神田界隈02

神田藪蕎麦
お蕎麦という食べ物はウンチクの多い食べ物で、
コレがまた亡父の得意技でありました。
亡父と一緒にお蕎麦屋さんに入って「カレーうどんか食べたいなぁ~」だなんて云った日ニャ、御池にハマってさぁタイヘン。
亡父のなが〜い、なが~いウンチクが始まってしまいます。
ンまぁ、ソレはソレはウルサくて、ウザッたい親父でありました。
トコロが、なんということでしょう!
今、私がまさにそのウルサくてウザッたいオヤジになってしまったではありませんか!
 
私がお蕎麦を好きになったのは、24、5歳の頃からで、キッカケは故子母沢寛氏の名著『味覚極楽』の1編に、蕎麦行脚の一説があって、ソレを真似してみたくなったことから始まりました。
そこで発見したのが『神田藪蕎麦』。
早速行ってみると、
その趣のある店構え、店内のフンイキ、店員のオバ様たちの客あしらいの良さは見事なものでした。
さらには、店内に響く朗々とした女性の声!
帳場に座る女将が発する「いちばんさぁぁぁぁん、せいろぅ、いちまいぃぃぃぃぃ~~~~~~~~~~」と、
それはまるで競技かるたの読み手が読み上げる歌の上の句を聞いているかのような美声で、その声が厨房からホールに至るまでの仕事の一切をコントロールしているようなのです。
声は続きます。
「さんばんさ~~~~~~ん、おちょうしぃ、にほんんん~~~~~」
ンもう~たまりません!
この声を肴に日本酒を常温で一本、アテはそば味噌に焼き海苔。
調子がいいと天ヌキでもう一本。
ウットリと酔いしれたらせいろう二枚。
だなんて、あああああっウルサイ、ああああっウザイ!