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或る日の情景~旧東海道界隈01

鯨塚の傍らで
私が住むところから歩いて10分ほどでしょうか、八ツ山通り沿いに利田(かがた)神社が鎮座し、その境内に「鯨塚」(品川区指定有形文化財)があります。
八ツ山といえば八ツ山橋、、。
そう、『ゴジラ』が上陸したところです。
1954年公開の初代ゴジラは、太平洋での水爆実験で太古の眠りから目覚め、東京湾から品川に上陸し、北品川駅北側の八ツ山橋を皮切りに、破壊の限りを尽くしていくという設定でした。
そういえば昨年の『シンゴジラ』もオマージュというのでしょうか、この八ツ山橋に出没します。
シンゴジラはよくできている映画で、近所に住むものでも、「おおおっ!」と思わず唸ってしまう風景描写で、そこにゴジラが出没し、破壊してゆくサマは、とてもリアルで、私なんぞはワクワクドキドキ不思議な興奮を覚えたことを今では誇らしく思う今日此の頃です。
その156年前のこと、
寛政10年(1798)5月1日、品川沖に迷い込んだ鯨を漁師さんたちが天王洲の浅瀬に追い込み捕らえたイワユル寛政の鯨事件。
品川宿は大いに賑わい、ときの第11代将軍徳川家斎さんも上覧された由。
捕らえられた鯨はシロナガスクジラ?で、体長が九間一尺 (約16.5m)、高さ六尺八寸(約2.04m)と伝えられています。
このクジラの骨を埋めて、その上に供養碑として建てられたのがコノ鯨塚。
当時は江戸っ子の格好の見世物となり、多くの人が集まったと云われています。
全国には多くの鯨の墓(塚・塔・碑など)が散在しているそうですが、東京に現存する唯一の鯨碑が、この鯨塚なんだそうです。
んんん~、、。
ゴジラの話のほうが面白いと思うのは私だけでしょうか、、。

或る日の情景~船引界隈02

船引町での情景
 
先日船引に行ったとき、筍の水煮を無心しました。
ソレはエイイチぁんの奥様が仕込んだ絶品スグレモノで、随分と無理を言って頂いたものです。
帰京する朝に奥様がわざわざ届けて下さいました。
エイイチぁんという方は、私と同い年の昔ヤンキーの還暦オヤジで、私とは芸風がチョッと違うのですが、メクソハナクソ、類は友を呼ぶ、、、ようするにバカヤロー同士の相思相愛の友人(親戚)です。
その昔、エイイチぁんは『トキワの人間発電所!』(ウソだけど)
私は『チトセフナバシの貴公子!』(コレもウソだけど)と謳われて、
それはモー、ブイブイ云わせたものですが、益々元気なエイイチぁんはともかく私は意気消沈、、。
今では焼跡のサル、炊きたての冷や飯、ゴキブリの脳みそ、、、よーするに意味不明なオヤジになってしまいました。
トコロが帰京する前夜に、私の方がエイイチぁんより10日ほど年長であることが発覚し、大いに我が意を得て、エイイチぁんに「年上のヒトを敬わねばいけませんネ!」と、ややタカビシャな笑顔を振り撒き、上機嫌で奥様に頂いた筍の水煮と炊き込みご飯(コレマタ絶品!)を携えて帰京した次第です。
帰途郡山駅で予約しておいた念願の福豆屋さんの『海苔のりべん』をピックアップ!
このお店で接客するご婦人は、なにからなにまで親切で、かつ誠実を極めており、『あああっ、福島っていいなぁ~』と、しみじみと思う今日此の頃です。
もちろんお弁当も大変美味しくいただきました。

scene-chapter1-23

オヤジの情景~chapter1-23
私は体育の授業では自重することにしたが、部活では胸元が黒くクスみ、ボロボロになるまでフライングレシーブを連発した。
そして脚光を不動のものにした。
 
女子は私にカンセイを挙げた。
男子は私にウンザリした。
私はこの頃から自我が目覚め、スルドク色気づいてゆく、、。
なにせ、、。
女子同級生からは『カッコイイ』、
女子上級生からは『カワイイ』と、ンまぁ、、向かうところ敵無しであった。
オレってモテるんだゼェイ!と勘違いしても仕方のないことであろう。
なにせ生まれて初めて脚光を浴びたのだから、、。
しかも周りの女子は刻々と美しくなってゆく。
小学生時代の女子は、単なるケンカ相手だったが、中学生になると、ソレが異性になるのである。
ソコハカトナク男になりつつある私は、当然のごとく色気づくのである。
さらに部活の方でも、異変が起きた。
どうしたわけか良い塩梅に、部員が辞めていってしまい、なんと(9人制だが)私はレギュラーの座を獲てしまったのである!
ヒトというのは波に乗って勢いづくと幸運が重なる。
私はこうしたことを現在までに3度ほど経験したが、その最初の経験は、あきらかにこの頃のこの時のことである。
だが、『勢いづく』ということは、『いい気になる』ということでもある。
もちろん、この頃はソレがわからない。
また、『いい気になる』ということは『無礼になる』ということである。
私は『穴があったら入りたい』と思うことの多い男だが、その始まりはアキラカに、この頃であった。
もちろん、この頃にソレがわかるはずもない。
私は女子からの人気は上がったが、男子からはサンザンな評価をくだされていった。
私は今でも友達の少ない男だが、その片鱗はこのあたりからであろう。
だが、最低最悪なバカ野郎にはギリギリでならずにすんだようだ。
それは紛れもなくバレーボールのおかげである。
スポーツは、とても大切なことを教えてくれる。
私はその多くを先輩達から教わり、同級生から教わった。
そして秋になった頃、
私はスッカリご無沙汰していたギターと運命的な再会をする。
それは我が中学校に、文化祭シーズンやって来て、
色気づいた私にスルドク刺激を与えたからに他ならない。
続く。