scene-chapter1-11

chapter1-11
 
私は今でこそ、絶滅危惧種の猿みたいなルックスに成り果てたが、小学生の頃は大変可愛らしかった。
もう一度云う。
タイヘン可愛かった。
私は健康でなかった事もあって、異常ともいえるほど色白で、小柄で、声の小さい少年だった。
そんな私のことを人は、特に年配の女性の方達は、クドいほど「可愛い!」と云って可愛がってくれた。
私はそうした女性達の言動挙動を認識していた。
観られている快感を知っていた。
褒められてアイドル気取りなところもあった。
あわよくばオネダリすることすらあった。
どうやら私は、ようするにカワイゲのないイヤラシイ性質のガキであったようである。
こんなことがあった。
小学5年か6年の遠足で、日光へ行った時のことである。
私は誘拐騒ぎを起こした。
もう一度云う。
ユーカイ騒ぎを起こしたのである。
けして誘拐されたわけではない。
ことの次第はこうだ。
日光東照宮の辺りで、私は外国人の老夫婦と眼があった。
遠足の集団行動時でのことである。
私はいつものように「あっ、可愛いって思われた!」と感じ、イヤらしい態度をとった。
つまり可愛い子ちゃんブッて相手側が『おいで、おいで』するよう仕掛けたのである。
私が仲間外れ中であることはすでに述べた。
この遠足は面白いものではなかった。
独り黙々と集団行動をコナしていた。
それでスイッチが入った。
老夫婦はマンマと、私に『おいで、おいで』をし、私は待ってましたと云わんばかりに、老夫婦のもとに歩み寄り、参道の『お休み処喫茶軽食』みたいなお店に入り、早速サイダーを注文した。
老夫婦は白人で、お二人とも60歳は越えていたと思う。もちろん言葉は通じない。
奥サンの方はもう私にメロメロで、両手で私の頬を覆い撫で回し、オデコに接吻をし、「ゥオー♡」とか言って私を抱きしめたりした。
私はスカサズ、おでんのハンペンとサイダーのお代わりを注文した。
その頃、私のクラスの担任は、私が見当たらないことに気づいて激怒していた。
この担任は私のことをよく怒った。
私が仲間外れの生徒であることと無関係とはいえないであろう。
仲間外れやイジメというのは教師にもスルドク影響するものなのだ。
私の担任はベテランの女性教師であったが、ベテランであろうがルーキーであろうが関係ない。ようするに集団になると人は何事にもヨってタカルのである。
私は三つめのハンペンとお茶をススっていた頃に同級生のチクリによって発見された。
担任は凄いケンマクで私を叱り、罵倒した。
さらに何故だが他のクラスの担任男性教師が突然登場し、ランボーに私の腕を掴んで店から引きずり出そうとした。
すると老夫婦のオトッつぁんの方が激怒し、男性教師の胸ぐらを掴んで店先の柱に押し付けた。
男性教師は私の腕を離さなかったため、私も一緒に柱に押し付けられる格好となった。
その時の勢いでゲップが出た。
そのゲップの臭いはハンペンだった。
私はこのとき初めて食べ物の臭がするゲップを体験した。
オトッつあんは無言で男性教師に圧をかけ続けた。
男性教師はその圧力が強くて無言を余儀なくされていた。
奥さんはカタワラで泣いていた。
私の担任はカタワラでワメイていた。
場はソーゼンとなったが、結果、さして大きな問題にはならなかったようである。
聞くところによると、
この老夫婦は、ソ連(当時の呼称)の御夫婦で、観光ツアーで日光を訪れていたとのこと。
この御夫婦のお孫さんと私がよく似ているとかで、思わず盛り上がってしまい、抱き寄せてしまったとツアーガイドから説明があり、事情を知った学校側もあえて事を荒立てずに一件落着となったとの由。
遠足を終えて、
母は学校から呼出を受け、事の次第を知らされ、注意されたが、逆ギレして、ひと暴れしてからアパートに帰って来た。
私は、当然のことではあるが、母からハゲシク叱られ、そしてヒッパタカレたのは云うまでもない。
ただ母は、私が外国人の子供に似ていたという点に関して満足しているようだった。
「あんたは私に似て可愛いから、、。」と、やや意味不明なことを云っていた。
続く

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