或る日の情景~横浜界隈03

横浜スタジアムの花
このスタジアムが歩んだ軌跡は、一言では語れません。
関内駅近くの喫茶店での打ち合わせ、いつものように早めに行って散策です。
5分も歩くとお花がきれいな公園があって、よく見ると横浜スタジアムが出没!?
思えばこの辺りは車で来ることばかりで、その土地勘しか私にはなく、関内駅からこんなにも近くに横浜スタジアムがあるとは驚きでした。
 
平日の昼下がり。
多くのヒトビトが、のんびりと過ごしています。
しかし、このスタジアムの歴史は、けしてのんびりとしたものではありませんでした。
1929年に落成したこのスタジアム(球場)は横浜公園平和野球場(通称:平和球場)と呼ばれていました。
戦前には ベーブ・ルースやルー・ゲーリッグ(知らないだろうけど)といった米大リーグのスター選手が日本代表との親善試合のため訪れプレーをしています。
太平洋戦争後、アメリカ軍のものになったりした後、横浜市に返還されたこの球場は老朽化が進み、1970年代頃には球場の半分近くが使用不可能な状況にまでなったそうです。
その頃、川崎球場を本拠地としていた大洋ホエールズ(→横浜大洋ホエールズ→横浜ベイスターズ→横浜DeNAベイスターズ )は、県内で最も知名度の高い都市である横浜市への移転を目論んでいました。
その目論みが、後のスッタモンダを生み出します。
川崎市の大洋ホエールズ移転反対運動(当時の市の人口の約半分に当たる54万人分の署名を集めました!)。
ロッテ球団との共用問題。
「株式会社横浜スタジアム」設立。
そしてDeNAによる「コミュニティー・ボールパーク化構想」と運営会社の買収。
等など公民共々、様々な様相を展開してきました。
今こうして花に囲まれて、静かに佇むスタジアムには、その歴史の跡は見当たらず平和な情景に満ちています。
とても素敵な情景です。
 

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