scene-chapter1-13

chapter1-13
 
ラーメン一杯40円。1967年頃のことである。
私は母に連れられて、
千歳船橋駅からほんの2〜3分のところにある中華料理店で40円のラーメンを食べた。
確か『ラーメン』ではなく『中華そば』といってたような気がする。
これがとってもウマカッタ!
「美味いかい?」と問う母に、「とっても!」と答えた。
これで決まった。
母はこの店を選んだ。
お店の名前は残念ながら逸してしまったが、
まだ若い、30代の御夫婦と、アルバイトっぽい店員サンとで営んでる、ソコソコ広い中華料理店だった。
お勘定する時、母はおカミさんとホンの少しの間二人で話をしていた。
やがて私のところにおカミさんが近づいて来て、
「よろしくね!ちっちゃい常連さん。」と云った。
私はこのとき初めて『ジョーレン』というモンゴンを知った。
そして私はこの店の常連となった。
朝、目覚めるとチャブ台の上に50円が置いてある。
私の夕食代だ。
私はこのお金で常連である中華料理店に行き、40円のラーメンを注文する。
10円お釣りが来る。
母に返そうとしたら「釣りはいらないよ、好きに使いな。フン」とか云って、私の顔を見もせずにツブやいた。
でもスグに「男前だろ!」とか云って母はドヤ顔になった。
私はこのとき初めて『オトコマエ』というモンゴンを知った。
そして私は大人になるまで『オトコマエ』は女性がなるものだと思っていた。
「今日もいつものでいいのかい?」
「うん、いつもので。」
私はこの店主との掛け合いが大好きで、
ジョーレンの醍醐味!というか、大人っぽくてカッコよろし!というか、
同級生の連中とはワケが違うんだもんね、、フン。という感じであったが、
さすがにラーメンばかりはツラくなってきた。
オトコマエな母によってお釣りの10円が、ありがたいことに随分貯まってきた。
ここはひとつフンパツしたいところだが、店主との掛け合いも捨てがたい。
うううむぅ、悩むではないか!などとモゴモゴしているある日。
いつものようにラーメンを啜っていると、突然餃子が出てきた。
もちろん注文してはいないので呆気にとられていると、
「注文がキャンセルになっちゃってさ。」と店主が私の顔を見もせずにツブやいた。
でもスグに「ご奉仕!」とか云って店主はドヤ顔になった。
私は初めて『ゴホーシ』というモンゴンを知った。
そして私は大人は照れると目を合わさないということも知った。
だが、これはありがたかった。
私は思わず、
「うわぁ~、うれしい!美味しそう!!」と云ってハシャイでみせた。
私はこういうところがイヤラシイ子供なのである。
しかし店主はマンザラでもなく、以来「ゴホーシ!」と云っていろいろなものを出してくれた。
なにもない時は白飯を出してくれた。
私は密かに『ラーメン半ライス』を初めて食した小学生は私ではないかと自負している。
また私は偏食であったが、
この時の『ゴホーシ』で大概のものが食べれるようになった。
私はこの店で得難い『食育』を受けたのである。
続く

真紅の食育スープ

真紅の食育スープ
ミネストローネをカスタマイズした食育スープです。
たんぱく質は大豆類で摂取、大蒜をゴロンゴロン入れて煮込みます。
少し疲れ気味のときや、この先1週間が勝負!みたいな時に最適です。
体に優しく、かつ、キョーレツに身体に効くスープです。冷蔵庫で3~4日保存可。常備して一日一回、温めてから飲んで身体をイタワッて下さい。
食材
ミックスビーンズ150g、カットトマト缶3、オリーブオイル大さじ3、
a_玉葱大2ヶ、ズッキーニ中2本、 人参中1本、じゃがいも中2ヶ、パプリカ1ヶ、大蒜1ヶ、
b_塩・胡椒、月桂樹の葉、ローズマリー、タイム、オレガノ各適量
作り方
1.食材a_を切ります。玉葱、ズッキーニ、人参、じゃがいも、パプリカは5~6mm幅のさいの目切りに、大蒜はひとかけらずつ使うので皮だけ除いて下さい。

2.鍋にオリーブオイルをしいて、ミックスビーンズ、大蒜を入れて中火にかけます。オイルが回ったら、1.を投入、ザックリと和えて火を通して下さい。

3.火が通ったら、カットトマトを投入、空いた缶に水を入れ、洗い出すようにして鍋に投入し、強火にかけて、沸騰する直前で種火にして 20~30分煮込んで下さい。途中アクが出ますので丁寧に取り除いて下さい。

4.煮込みきったら、一旦火を止め、b_の香辛料を適量入れます。味を馴染ませるため、 蓋をして、常温に戻して下さい。2~3時間位かかると思います。

5.常温に戻ったら、再び中火にかけて、沸騰する直前で種火にして20~30分煮込んで下さい。これでグッと味が落ち着きます。最後に塩・胡椒で味を決めて出来上がりです。

scene-chapter1-12

chapter1-12

この頃、我が家の生計は、母がある企業の女子寮で、寮母の仕事をして立てていた。

寮は豊島区の駒込にあった。
予定では、私は祖母の家から、母が働くこの寮に移り住む予定だったという。
つまり母は、親子で住込むことができるこの寮で働き、祖母の家から私を引き取るタイミングを図っていたらしい。
それが父にバレて予定が狂った。母はムッとした。
だがまたいつ何時、父が私をカッサライに来るか気が気でならない。
すでにこの寮のことも父は嗅ぎつけている様子だった。
父は小技が効きズルイのである。
母は大技一辺倒だがタダシイのである。
寮に迷惑はかけられない。
悩んだ挙句、住み込みはあきらめ、私と母は千歳船橋の住民となリ、父から行方をくらますことに成功した。
仕事は寮母をそのまま続けられることになった。
だが母は始発の電車に乗って寮に出社し、21時過ぎに仕事を終え帰路につくという、ツライ日常を送ることになった。
とんでもない労働時間だが、「働けるだけマシ!文句なんか云ってられない!」と、母は私に幾度となく語っていた。
母は強く、そしてタダシイのである。
私はよく云われるところの『鍵っ子』という子供になった。
これは、両親が勤めに出ていて、学校から帰っても家に家族が残っていない境遇の子供のことを言い表したもので、私は正に『鍵っ子』の一員となったわけである。この生活の問題点は『食事』だった。
私は朝食は無し。昼食は給食、夕食は外食という食生活を余儀なくされた。
だが、この夜の外食は、愉快だった。
大人になったような気がした。
様々な体験ができて、とても楽しかった。
もっと面白くしようと料理も覚えた。
そして、
私は大人の世界に興味を持つようになる。
私は『鍵っ子』になったことで、何か大切なものをタクサン教わったような気がする。
続く